導入事例
12の医療機関と患者をつなぐ「医療MaaS専任看護師」
年間250回の運行を支える北上市の現場力
令和4年11月から4カ月間の実証実験を経て、令和6年1月に本格運行を開始。
令和7年度は年間250回を超える運行実績を誇り、自主財源で運営しています。
- #北海道・東北
- #個宅訪問型診療
| 自治体名 | 岩手県 北上市 |
|---|---|
| 人口/高齢化率 |
人口90,381 人/高齢化率28.7% (令和8年6月30日時点) |
| 対象エリア | 二子、更木、黒岩、口内、稲瀬、和賀、岩崎、藤根の8地区(中山間地域) |
| 対象者 |
以下のすべてに該当する方 ・対象エリアに住んでいる方 ・モバイルクリニック対応医療機関を定期的に受診しており、症状が落ち着いている方 ・移動手段の問題で、通院が負担になっている方 ・かかりつけ医から、オンライン診療に適すると判断された方 |
| 運行モデル | 個宅訪問型 |
導入前の課題と導入後の成果
高齢化や人口減少によって市内16地区のうち8地区が病院や診療所がない地域となる中、移動手段の不足や家族による医療機関までの送迎負担が障壁となり、住民の通院負担の軽減が課題となっていました。
地元の医師も日々の外来診療を抱えており、自院の看護師とともに遠方の無医地区へ往診に赴くことは、人的リソースなどの面から対応が難しい状況にありました。
医療MaaSを導入により、医療機関への通院や家族による送迎の負担を軽減するとともに、リラックスできる車内空間で対面診療と遜色のない安心感のある環境を実現しました。医療機関側にとっても、通常業務を継続しながら効率的に地域医療へ参画できる体制を構築しました。
医療MaaSインタビュー(岩手県北上市)
岩手県北上市では、市内16地区のうち8地区が病院やクリニックがない地域となる中、地域医療を守るため「医療MaaS」を導入しました。12の医療機関と連携し、市が雇用する看護師が車両に同乗して患者宅を訪問し、オンライン診療を提供することで、通院に伴う負担軽減を目指しています。利用者からの満足度は極めて高く、年間250回を超える運行実績を重ね、令和6年度からは自主財源で安定的な運行を実現しています。「医療を届ける」この取り組みが、持続可能な地域医療を切り拓いています。
岩手県 北上市
健康こども部 健康づくり課 課長
小笠原 謙(おがさわら けん)氏
限界を迎えた高齢者の通院負担と、医療MaaSへの確信
北上盆地の中央、北上川と和賀川が合流する肥沃な平野に位置する岩手県北上市。東西を奥羽山脈と北上山地に囲まれたこの地域は、16地区がそれぞれの特色を生かす「あじさい都市 きたかみ」を掲げています。
一方で、東西の山麓に広がる周辺部では高齢化や人口減少が進んでおり、市内16地区のうち半数の8地区が、医療機関(病院や診療所)のない地区となっています。
公共交通機関が限られている地域であることから、運転免許証を保有していない高齢者は、市の中心部まで片道約15キロメートルをかけて通院する必要があり、通院だけで半日から1日要していたほか、その送迎のために家族が仕事を休まなければいけないなど、通院に伴う負担が大きな課題となっていました。
「診療所のない地域に、いかに医療を届け続けるかが課題となっていました」(小笠原氏)
西部にある和賀地区では、診療所の閉院に伴い、地域医療を支える仕組みや体制の構築が喫緊の課題となっていました。一方で、特定の地区に仮設診療所を設置した場合、東西に離れたの病院や診療所がない地区との不公平感が生じ、継続的に医師を確保することも困難な状況にありました。また、地元の医師も日々の診療を抱えており、医師や自院の看護師とともに遠方へ往診に赴くことは、人的リソースなどの面で大きな制約がありました。
そのような中、解決の糸口となったのが、MONET Technologies(以下「MONET」)が参画した長野県伊那市のモバイルクリニックの先行事例です。
「北上市が掲げる『市内16地区の拠点をネットワークで結んで活性化させる』という行政ビジョンと、車両が移動しながら各地域へ医療を届ける医療MaaSの理念が完全に一致したことが、医療MaaS導入の決定打となりました」(小笠原氏)
医師会・薬剤師会との共通認識の形成プロセス
市の将来ビジョンと合致し、全庁的な事業推進が決まった医療MaaS。その一方で、実際にオンライン診療におけるシステムを利用する地域の医師会や薬剤師会との共通認識の形成が、医療MaaS導入の大きな鍵となりました。
「共通認識の形成の基盤となったのが、新型コロナウイルス感染症のコロナワクチン接種事業で毎月のように会議を重ねて築き上げた、医師会との強い信頼関係です。 この顔の見える関係を生かし、モバイルクリニックの検討段階では2週間に1回という極めて高い頻度で検討会議を実施しました」(小笠原氏)
当時の医師会長からの深い理解と協力があったことで、現在では12の医療機関と多くの薬局が参画する安定した運用モデルが定着しています。
12の医療機関の患者を共通でサポートする 「医療MaaS専任看護師」
医療MaaSにおいて、各クリニックが個別にオンライン専用の看護師を雇用し、車両に同乗させることはコスト面でも人材確保の面でも現実的ではありませんでした。
そこで北上市は、市が直接任用し、各クリニックと併任協定を結んだ4名の「医療MaaS専任看護師」がシフト制で車両に常駐し、各クリニックとの媒介役を担う独自の仕組みを採用しました。
この仕組みにより、医療機関側は自院の看護師を派遣する必要がなく、あらかじめ決めた予約枠の中で、自院の診察室にいながら既存の患者をオンライン診療できるため、通常の外来スケジュールを崩さずに参画できる大きなメリットがあります。
また、シフト制の導入は、潜在看護師の確保や働きやすさという面でも効果を発揮しています。現場の看護師からは、「母親の介護があり、1日中働くのは難しかったのですが、『1週間に2回から働いてみないか』と声をかけてもらい、この働き方なら大丈夫かなと思えました」という声も上がっており、家庭の事情を抱える医療スタッフが無理なく活躍できる環境につながっています。
「同時に患者にとっても、受診するクリニックや担当医師が変わった場合でも、医療MaaSであれば『いつもの看護師さんが笑顔で迎えてくれる』という体制を整えました。 デジタル技術や画面越しの診療に対する高齢患者の不安を、顔なじみの看護師の存在が払拭していると実感しています」(小笠原氏)
さらに、診療後には、看護師が当日の患者の状況を「返信記録」として作成し、医療機関へ送付しており、対面診療に不足がない診療を心掛けています。さらに、看護師同士で次回の診療に向けて必要な情報を共有しており、どの看護師が担当しても変わらない体制を整えています。
患者の満足感が本格実装の推進力に。定着を支えた看護師の温かな創意工夫
医療MaaSの実証運行を通して、患者の満足度の高さや医療課題の解決など効果が確認されたことから、自主財源による本格運用へ移行しました。この高い満足度を支えたのは、現場に携わる北上市の職員と看護師たちによる独自の工夫でした。看護師の佐藤氏、和田氏は具体的な取り組みについて、以下のように語ります。
●チャットを活用したリアルタイムなチーム連携
車内で診療を行う看護師への支援体制として、市役所に常駐するサポートチームと専用のグループチャットで常時連携できる体制を構築しています。
「診療中でも、必要があればすぐに(チャット等で)常駐するメンバーと繋がるため、もし一人でいて何か起きても、すぐに相談できます。限られた空間の中でも、相談できるルートが確保されているのは、安心感がありますね」(佐藤氏)
この連携から、患者の顔色が暗く見える課題に対する専用照明を導入したり、診察前に外付けカメラで足のむくみなどを高精細に撮影して医師に事前共有する仕組みなど、現場の声をもとに改善が積み重ねられました。
●車両内で働く看護師が患者のケアに専念できる完全分業体制
現場からの「通信・機器操作の負担が大きい」という声を受け、2年前から通信設定やICT操作を専門に行う事務員を同乗させる「完全分業体制」に改善しました。
「最初は不安でしたが、完全分業体制にしたことで、診療前の本人確認やバイタル等の記録の送付、患者の症状確認等の看護業務に集中できたので、患者さんとこんなに密に接することができるのはいいなって思いましたね」(和田氏)
通信トラブル対応をすべて事務員が引き受けることで、看護師はICT機器などの操作から解放され、目の前の患者のケアに100%専念できるようになりました。
●患者の発言を「要約しない」コミュニケーションとアナログな配慮
患者のケアで特に重視しているのが、医療専門職の習慣である「患者の話を要約して医師に伝える行動」をあえて捨てたことです。 混雑した一般の外来とは異なり、医療MaaSの車内は、次の患者が後ろに並ばない「完全にプライベートな空間」が担保されています。
「患者さんやご家族が直接医師と話せるような雰囲気を作っています。どうしても看護師は、患者さんやご家族の話を聞いて医師に伝えるとすると、内容を要約して伝えようとしてしまう癖があります。そうすると、患者さんとご家族が本当に伝えたいことが伝わらない可能性もあるので、診療前までに得た家族や本人からの情報を基に、できるだけ『あのことあったよね』といった言葉を投げかけながら、自然な流れで患者と医師をつなぐようにしています」(佐藤氏)
また、情報過多で患者が混乱しないよう、次回の診療予定や薬の配達時間は、口頭だけでなく必ず「手書きの大きなメモ」に残して可視化しています。また、紛失を防ぐため、患者の診察券入れや薬袋の中に一緒に入れて手渡しをするなど、現場発のきめ細やかな気配りを徹底しています。
耳の聞こえづらい患者には、スピーカーを耳元へ近づけたり、声が小さい患者にはマイクを口元へ寄せたりもしています。さらに、診療終了後からオンライン服薬指導が始まるまでの待機時間には、動画再生サイトで患者のお気に入りの音楽を流すなど、少しでもリラックスして過ごせる工夫を行っています。
実際に、診療後の利用者アンケートで満点を回答した患者からは、「モバイルクリニック(医療MaaS)のおかげでとても楽になった。申し訳ないくらいだ」という感謝の声が寄せられています。こうした人間味あふれる個別対応の積み重ねこそが、利用者アンケートにおける高評価に直結していると分析しています。
まずは「共通認識の形成」から。医療MaaSにおける円滑なプロジェクトの進め方
これから医療MaaSの導入を目指す自治体に向けて、小笠原氏は「共通認識の形成」の重要性を強調します。
「車両の購入やシステム選定を急ぐ前に、まずは地域の医師会や薬剤師会と顔の見える信頼関係を構築し、課題や事業の詳細を共有しながら意見交換を重ね、共通認識の形成から始めることが重要です。
実際に私たちも事業を進める中で、地域医療が抱える課題の解決に向け、地域の医師会や薬剤師会の皆さまに多大なるご理解とご協力をいただいております。関係者の皆さまと丁寧に意見交換を重ね、地域の医療提供体制と連携の在り方について共通認識を醸成できたことが、円滑な導入と運営につながっていると感じています」
北上市の事例で重要なのは、日頃からの対話で築かれた「顔の見える関係」です。膝を突き合わせてビジョンを共有するプロセスこそが、安定した運用の基盤となっています。こうした信頼関係があってこそ、技術は地域医療の現場で真価を発揮し、住民の安心につながります。
患者と医療機関の利便性向上へ。全国の知見を生かし発展する持続可能な地域医療
安定稼働を実現した現在も、北上市は定量的な目標を追うだけでなく、患者と医療機関の双方にとってより良い「利便性の向上」を追求し続けています。今後の展望について、小笠原氏は次のように語ります。
「具体的には、診療費の支払い(決済スキーム)の検討や、医療機関側がより無理なく参画できる仕組みの最適化を進め、連携ネットワークをさらに拡大していく方針です。
また、こうした北上市の次なる進化を強力に後押ししているのが、MONETが持つ全国の運用実績や知見です。両者は現在も3カ月に1回のペースで運営会議を実施しており、全国の多様な自治体で培われたノウハウや先進事例が常に共有されています。この質の高い情報共有が、北上市が持続可能な地域医療モデルをさらに発展させていくための大きな推進力になっていると評価しています」
地域に寄り添った対話を通じて築いた信頼関係と、全国の知見を取り入れる開かれた仕組み。その両輪を回し続ける北上市の医療MaaSは、これからも進化を続けながら、地域の安心を乗せて走り続けます。
※掲載内容は取材当時のものです。
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Q:自治体が医療MaaSを導入する際、医師会との合意形成はどう進めればいいでしょうか?
A:予算確保や車両手配の前に、何よりもまず、地域の医療関係者と課題や事業の詳細を共有しながら意見交換を重ね、共通認識の形成からスタートすることが、円滑な導入の鍵となります。 -
Q:医療MaaSで同乗する看護師の負担を減らすにはどうすればいいでしょうか?
A:看護師とICT機器を操作する事務員の徹底した分業と、チームによるサポート体制の構築が有効です -
Q:高齢の患者にオンライン診療をスムーズに受けてもらう工夫は何でしょうか?
A:デジタル機器の冷たさを補う「アナログな配慮気配り」と、患者が直接医師と話せる「空間づくり」が重要です。 -
Q:医療MaaSの導入にあたり、MONETはどのようなサポートをしてくれるのでしょうか?
A:導入初期の現場定着サポートから、全国の先進事例の共有まで、継続的な伴走支援を行います。